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zoom RSS 人体の不思議。さて、どこまで知るべきか

<<   作成日時 : 2011/01/20 03:12   >>

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18日付のオンラインニュースで大きな話題になっていたのでご覧になった方も多いかもしれません。

京都で開催されている『人体の不思議展』が、「死体が展示されているため精神的苦痛を受けた」として提訴されたというニュース。
提訴自体は、うーん、受け付けてもらえるのかなぁ、と思ってしまうのですが、この展覧会を訴えた人(達)の目的は、

訴えることによって、より多くの人の目にこのニュースが触れること

だったのでしょう。
私も、ニュースになって初めて、京都で展覧会が行われていることを知りました。

しかしこの「人体の不思議展」、7〜8年前に盛んに行われていましたよね。
未だにやっているというのはちょっと驚きだったのですが、今回のニュースによってさらに驚くことが分かったのでブログに書いてみようと思います。


そもそも「人体の不思議展」がどんなものかというと、実際の人間の体、全身や臓器などを、生きたままの様な状態で保存展示する展覧会のことです。

通常、死体は何もしないと腐乱します。
偶然が重なると、死蝋化として蝋燭のように保存されたり、ミイラになったりします。
それを防ぐために人工的にミイラにするというのは、古代文明で盛んに行われてきました。

現代の我々が、医学の勉強のために行う解剖実習の際には、生前、「医学の勉強のために役立てて欲しい」というご意思をご表明下さったボランティアの方の献体を用いて行っています。ご遺体は、その時が来るまでホルマリンという特殊な保存溶液で大切に保管されます。
しかし、ホルマリンという保存溶液を利用して保存すると、水分が奪われてしまったり、変色が進んだりして、生身の様な色艶は失われます。


つまり。生身のように保存するためには特殊な処理が、しかも、死後の早い時間に行われる必要があるのです。
それがプラスティネーションという技術です。
簡単に言ってしまえば、体の水分や油分といった、通常は失われてしまう液体成分の部分を合成樹脂に置き換えることで、肌(組織)の弾力を保ち、生身の様な状態に保つという技術のことです。

もともと、組織切片などを保存する方法として、水分を樹脂などと入れ替える手法というのが有効であることは知られていて、それを臓器全体、人体全体に応用したというのが、大元です。


ただ、間違ってはいけないのは、本来のスタートは、もちろんただの興味本意ではなく、医学研究の一助となるように開発されたはず、ということです。
ホルマリン漬けの標本をどこかで見たことがある方なら分かると思いますが、水分が抜けてしなっとなってしまうと、元の形を想像するのが難しいのです。よりよい標本を作れるなら、それを用いて勉強する人達のためにもなる、って思いますよね。
これから生身の人間を診ていく医者や看護婦の卵達にとっては、生身に近い臓器を観察する方がよりよいに決まっていますよね。

もちろん、その技術を確立したドイツ人もそのことは分かっていて、だからこそ技術を開発したのでしょう。
そして、正しい倫理観に基づき、学問の発展と教育のために自らを捧げることを了解して下さった方の献体を利用していたはずです。(はず。という言葉で、細かな議論は割愛します)
日本で初めて開催された当時の展覧会では、そういった標本が展示されていたと言われています。




しかしいつのまにか、自らの意思での献体じゃない「かもしれない」ご遺体を利用して作られた標本が、まるで見世物のように展示されている場になってしまった・・・・

ここが問題とされている理由です。
学術目的から離れ、商業目的として展覧会が開催されるようになっているのが問題だと訴えているのです。

今や巨大な標本製作工場があって、ご遺体は材料でしかない、とか、その入手ルートがどうとか、標本が商品として販売されているとか、詳しく解説されているサイトもあるようです。詳しく知りたい方は更に検索してお探し下さい。
日本ではほとんど議論がされてこなかったことを公にするのが目的、という理由はこういう流れの中にあるのですね。


なんでも明らかにしようとするのは人間のサガで、知りたいと思う欲求を止めることはできません。
人体の不思議さについても、知りたいのは当然でしょう。
怖いもの見たさで、臓器を見たいと思う感情もわかります。
でもそれとは逆に、故人の臓器を見世物のように扱っていいのか、人としての尊厳はどうするのだ?という議論は尽きません。
一般の人が人体のパーツを見ることの意義などを考え始めたら、ますます混沌としてきます。

どこまで知るべきなのか、どこまで知らせるべきなのか、という言葉は、人体の不思議に対して投げかける言葉だけではなく、展覧会その物にも向けられている言葉なんですね。

皆さんはどう思われたでしょうか。


簡単には結論は出ませんが、じっくり考えなくてはいけないな、と思っています。

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